2023年霧谷柊 誕生日
俺を探す紫暮の声が廊下に響いている。人がいない空き教室のうしろの方に隠れるみたいに座ってやり過ごすのは、あんまり好きではないけれど。 でも今日は御鷹さんも頼れない。だって今日は、俺の誕生日だ。御鷹さんは優しいから匿って…
俺を探す紫暮の声が廊下に響いている。人がいない空き教室のうしろの方に隠れるみたいに座ってやり過ごすのは、あんまり好きではないけれど。 でも今日は御鷹さんも頼れない。だって今日は、俺の誕生日だ。御鷹さんは優しいから匿って…
『……状況終了、だ指揮官くん。お疲れさま』 無線機でそのひとことが頼城くんから飛んできて全身の力が抜けた。 今日の深夜から明け方にかけて複数の大型イーター出現が予想されたのが一週間ほど前。そこから対策を練りに練って今日に…
不意に流れてきた音楽に魅了された。初めて聞く曲だった。 お母さんに連れられてやってきた病院の中にあるコンビニでその曲を聞いたとき、とてもドキドキしてもっと聞きたいと思った。店内放送で流れていたその曲はそのバンドのデビュ…
一世紀前のことを学ぼう、という趣旨に興味を惹かれ研究室のドアを開けると、そこには既に頼城がいた。古風な書生の出立ちをしている頼城は楽しげにこちらを振り返って手招きする。「やあ巡。お前も着るといい。なかなか着心地がいいぞ…
「夏になったらさあ、花火しない?」 食卓を囲んでいたほかの四人にそう聞くと、一拍置いてわあっと歓声があがった。「いいじゃんやろうよアクシア」「私あれがやりたいです、ヘビ花火」「ヘビ花火?! 私は手で持つ花火で字を書くやつ…
日本の高校に通うようになって驚いたことのひとつに、大抵の教師が黒板を丁寧に板書するところがある。 俺が通っていたイギリスの大学の教師は板書せず、大体テキストを読み上げるかスクリーンにスライドを映すか、もし板書することが…
「探さないでください、ってこれ久森サンの字だよね?」 黒板をなにげなく見ていた倫理くんがすみっこに書いた僕の字を言い当てた。うっ、となる。気恥ずかしい。「まぁ、そう、だけど」「ふーん、どっか旅にでも出るつもり?」「いやそ…
見上げた桜が満開だった。 そうだ、写真だ。写真を撮ろうと思って携帯のカメラを桜に向ける。カシャリと音がなって撮影された桜は、見ているものの方がずっと綺麗でカメラは難しいなと首をかしげる。 三週間ほど前の三月一日、三年生…
春の庭に降りた。さまざまな草花の香りが日光に照らされた土の香りと混ざって鼻腔を通っていく。風もなく、研究員の姿もない、穏やかな庭だった。 冬のしんとした眠りから覚め、春を祝うかのように笑い咲く花たちの間をゆっくりと歩い…
いちごのケーキだけ欲しい、とは確かに言ったけど。 目の前に置かれた、いちごがたくさん乗った三段重ねのケーキを前にして、俺は複雑な気持ちで食堂の席に座っていた。「さあ! 好きなだけ食べていいんだぞ柊!」 紫暮が両手をひろ…