「巡、どこか行くのか」
放課後、頭上から声が降ってきたので仰ぎ見ると、階段の上から頼城が覗き込むように下にいる俺を見ていた。
「ああ、放課後はパトロールだろう」
しかし、まさかこの男が今日の予定を忘れていた訳ではあるまい。どこか行くのか、というのは他の用事があるかという意味で聞いたのだ。そういう意図なのだろう、という意思を込めて見返すと、頼城はにこりと笑って手にした本を上に掲げて、少し付き合わないかと聞いてきた。
図書室の中は静かで、やはり落ち着く。
ラ・クロワの図書室は校舎と離れた場所に独立して建っている「図書館」であることと、校内で不必要に大声を上げる生徒がいないため他校と比較すると格段に静かであると言える。頼城が借りたいという本を探すのに付き合って付いてきたが、その静けさが耳に染みるようだった。
キンとした静寂の中、頼城が借りた本を手にして戻ってきた。やはり巡がいると助かる、すまなかったなと小声で礼を言ってくる。気にするな、とやはり小声で返答する。俺の特技の一つらしい本の配置の丸暗記が役に立つなら何よりだ。
「時間には間に合いそうだな」
「ああ、だが柊は待っていると思うぞ」
「そうだな、急ごう」
言葉少なに会話を済ませると、急いで図書室から移動する。建物のドアを開けはなつと途端に耳に入ってくる風の音、運動部の掛け声、管弦楽部のチューニング音。思わず呼吸が深くなった。ああ、うるさい。だが悪くない。横にいる頼城が眩しそうに目をすがめて良い活気だなと言った。
「そうだな」
ちらりと横を見る。満足そうな頼城の顔。嬉しそうに上がった口角とやや下がったまなじり。こいつは本当に人が成長するのを楽しそうに見守る。
「この音は管弦楽部か。実に素晴らしい。今度の演奏会だが、やはりもっと多くの人に聞いてもらった方がいいのではないか」
いや見守るのではなく大いに口出し手出しをしてくるんだったな。そうだった。そしてこの問いに関しては、そうだなと言うと市で一番の大型ホールを貸し切った挙句、広告宣伝と称してかなり大掛かりなCM、ビラ、飛行船といったツールを利用しだすので良くないということも知っている。
「うちの部員が素晴らしいのは認めるが、今度の演奏会は身内を大事にしたアットホームな雰囲気でやりたいと部長が言っていたからな」
「ふむ、なるほど」
それも大事なことだなと頼城が納得したのを見て胸を撫で下ろす。
「早く行くぞ、柊が待ってる」
「ああ、行こう」
葉桜になりかけている桜を横目に鞄を持ち直して道を急ぐ。今日のイーター予報は特になし。天候は晴れ。いい一日で終われそうな見込みだ。