自転車に乗って海まで行こう、と言い出したのは誰だっただろう。金曜夕方のニュースキャスターが海の日ということで、海の映像をバックに笑顔で話しているのを見て、誰かが海に行きたいと言い出したのだ。
「えー海なんてリア充の行くものだよ」
「じゃあ北村は留守番してろよ」
倫理くんと良くんがそう言い合って、その場にいた一年全員で海に行くことが決まって。交通手段は自転車になった。
「自転車で海に行くとか青春全開だね。僕ごときがそれに混ざって当てられて蒸発しなきゃいいけど」
そうやって揶揄する倫理くんすらどこかワクワクしているように見えた。実際みんなワクワクしていて、当日の集合時間には全員が定刻より早く到着してみんなで笑った。
「じゃあ行くか!」
「海ってどっちにあるのかな」
「携帯のナビ見ながらだと、危ない」
「大体の方向分かっておけばなんとかなるって」
「ええと、ここからだと右に進んで、大通りに出て、あとは道なりみたいだね」
そうやってワイワイ騒いだ後、みんなで自転車に乗って海まで向かった。横には並べないので縦に並んで走って、離れた人といつもより大声で会話するのが楽しい。あんまり叫びながら会話を続けたので喉が痛くなって、途中で自動販売機で飲み物を買って、飲んで、また走る。
そうやって車道が狭くなってきた道を四十分ほど走った頃だろうか。緩やかなカーブを曲がった先に、キラキラ光る水面が見えてきた。
「海だー!!」
先頭の良くんが叫んだ。
「海だー!!」
僕も大声で叫ぶ。
「砂浜、降りられるかな!」
光希くんがそう言って、みんなで砂浜に降りられる場所を探した。しばらくうろうろすると、錆びついているけれど頑丈そうな鉄の階段があったので近くの停車帯に自転車を止めて降りてみる。
砂浜の上は太陽の熱を反射して暑く、そんなに気温が高くないのにじっとしているだけで汗が出てくるぐらいだった。靴の中に砂が入ってくるのでみんなで靴と靴下を脱いで、脚の中頃までズボンを折り曲げる。霧谷くんはちょっと悩んでいたけれど、先に海の中に足だけ入った良くんに、柊も来いよ! と言われると、今行く、と叫ぶが早いか脱いだ靴下を急いで靴の中にしまって、海に向かって走っていった。
僕も良くんに倣って、海の中に入ってみる。水が冷たくて気持ちいい。足元で水をかき回すと音が鳴って、その音だけで涼が得られそうだった。波打ち際でじっとすると、足の下の砂がすぅっと波にさらわれて行く感覚がして、小さい頃海に行った記憶と懐かしさが込み上げてくる。深呼吸をすると潮の香りが全身に染み渡るようだった。ああ、海だ。僕はなんだか嬉しくなって足元の水を勢いよく蹴り上げた。
昼ごはんは良くんが作ってきてくれたというお弁当を食べて、日が傾いてくる頃まで飽きることなく波打ち際で遊んだ。流石に顔や手足が焼けて痛くなって、その日のお風呂は痛くて痛くて仕方がなかったけど、そのお風呂もみんなで騒ぎながら入ったので一日中楽しいことだらけだった。
明日が学校だというのが信じられないぐらい楽しくて、ずっとこんな日が続けばいいのにと願う。夏休みはきっと訓練が続くのだろう。けれど、あともう一日ぐらいは、こんな日があってもいいだろう。僕はその来るかもしれないその日が待ち遠しくて、なかなか寝付けなかった。