つめの手入れをする柊巡

 柊は俺の手が好きらしい。よく指やつめの形を確かめるように触っているし、実際「巡くんの手が好きだ」と言われたこともある。自分ではよく分からないが、手にまつわる様々なことが「巡くんらしくて」好きということらしい。
 自分ではよく分からないと言ったが、そういうことなら俺も分かる気がする。柊の手のひらの大きさ、つめの形やつめが伸びていく様、ささくれのでき方や手の乾燥具合なんかも柊の生活を表しているかのようで好ましい。
 そういったことで今も手を弄ばれているのだが、つめが伸びているのを目ざとく見つけられ、切ってあげると上機嫌でつめ切りを持ち出された。何が楽しいのか不明だが、楽しそうなのであれよあれよとつめを切る準備が整っていくのを見守っている。
 やがてぱちん、ぱちんとつめが切られ始めた。丁寧に、つめがとがったりしないようにゆるく円を描きながら切られていく。時々指先でつめを触りながら、深爪にならないようにだろう、ほんの少し白いところを残しながら切られていく。
 片手のつめが切り終わり、ティッシュの上にぱらぱらと破片が落とされる。つめ切りの裏についているやすりで断面を丁寧に削ってなめらかにされていく。削り具合を確かめる指先が少しくすぐったい。こだわりがあるらしく、色んな方向からざりざりと削っていく様はなにかの職人のようだ。
 やがて俺が自分でやる三倍は時間をかけて手入れをされた右手は、柊の満足げな笑みと共に離された。
「左手かして」
 同じように左手を差し出せば、またぱちんぱちんとつめ切りから始まる手入れが行われる。つめがとがらないように、引っかかったりしないように気をつけながらつめが切られ、削られ、整えられていく。
「終わった。けどちょっと待ってて」
 左手が終わるやいなや、柊が立ち上がってどこかに向かっていった。いつもより丁寧なつめの断面を眺めていると、柊が戻ってきて再度俺の前に座る。
 柊が手に持っていたのはハンドクリームで「姉さんも手が荒れるから、こうして時々マッサージしてる」らしい。ハンドクリームを自分の手のひらに出し、すり合わせて馴染ませた後に俺の手を取るとハンドマッサージが始まった。
 昔からある馴染みのハンドクリームは、原材料の匂いだろう、薬品とも香油ともつかない香りがほのかに漂う。柊の手のひらに伸ばされたクリームは俺の手の甲や手のひらに少しずつなじみ、柊の指先でくるくると塗り込められると血行が促進されていくのが分かった。
 しばらくそうしてマッサージをされたあと、ハンドクリームが足されてつめのマッサージに移った。つめの上で入念に回る指先が、時折のびて指の側面をマッサージしていく。それが念入りに十本すべてにほどこされ、ようやく手放された時にはかなりの時間が経過していた。
「これで終わり」
 見れば自分の手の皮膚が今までないほどにつやつやとしていて、つめもちらちらと偏光性の光を放っている。
「ありがとう、だが俺の手にこんなに時間をかけるのは、やや時間の浪費じゃなかったか?」
「なんで? 巡くんの手を大事にできたの、すごく嬉しかった」
 柊がきょとんとして、もしかして退屈だった? と首をかしげたので俺は慌てて否定する。
「重式の手だ、どうせすぐに皮が剥けたり厚くなってボロボロになる。手入れなんてしても焼け石に水だ」
「だから、大事にしたいと思う」
 指先が取られて、目を閉じながら触れるだけのキスがされた。祈るようなそれにどうしていいか分からないでいると、またさせてね、と柊が笑った。
「巡くんの手に守られてる。姉さんの手と一緒。だから、また綺麗にさせて」
 ね? と顔を覗き込まれて、いいえと言えるわけがなかった。