夜、窓をあけて眠るのが好きだ。
すこし前までは蒸し暑い風が部屋をみたして寝苦しかったけれど、今は夏の終わりの涼しい風がふき込んでくる。風からは熱せられた石や土、草や花の香りが消えて、つめたい露の香りがするようになる。
秋の虫の合唱が遠く聞こえて、俺はベッドに横になって目を閉じる。肌にまとわりついていたブランケットのやわらかさが今は心地いい。自分の脈拍がだんだん落ち着いてくるのがわかる。頭がぼんやりとしてきて、とりとめのない連想が頭の中をめぐっている。うとうとと気持ちのいい浮遊感に浸っていく。
「お邪魔しまーす」
急に窓から人の声がした。パッと目が覚める。倫理の声だ。倫理が窓枠に手をかけて壁を器用によじ登っている。
「やあ、ごめんね寝てる時に。入口、鍵がしまっちゃっててさ」
倫理はちいさな声でそういうと、靴を脱ぎながら窓から部屋に入った。
「こんな時間までなにしてたの?」
「ボクの助けを必要としている人たちはね、夜にたくさんいるんだ」
倫理が秘密ごとめいてそう言った。ズボンの裾が汚れている。きっとたくさん走ったんだろう。
「邪魔したね。引き続きやわらかなベッドでのんきな夢を見るといいさ」
倫理が手をひらひらさせながら部屋のドアに向かう。
「あ、倫理」
「え、なに」
「背中、足あとがついてる」
倫理の背中には泥にまみれた足あとがくっきりとついていた。それを説明すると、倫理が器用に腕を引っ込めて服をぐるりと回転させた。服の背中側がお腹の方に来る。それを見た倫理が軽い調子で「あちゃあ、こりゃ落ちないかもね」とひとりごとのように言った。
「大丈夫、良くんが前、きれいに落としてた。方法は分かんないけど……やり方はあるんだと思う。それより、服ぬいで背中見せて」
「きゃー霧谷くんのえっち!」
「あざになってるかもしれないでしょ」
そう言うと倫理は大人しく服を脱いだ。まっしろな背中に赤と青がまだらになっている。相当強く蹴られたんだろう。
「待ってて、湿布か塗り薬があったはず」
「えーいいよどうせ今からお風呂に入るんだ。それにこんなのリンクユニットを割れば一発で治っちゃうし」
「それまでがつらいでしょ」
机の中を探すと、予備の湿布と薬が出てきた。それを押し付けると倫理がしかたないといった風に受け取る。
「霧谷くんは優しいね。こんなボクに優しくしたってなんの得にもならないのに」
「痛そうな人を見たら、手当てをするのは普通でしょ」
「底辺のボクからすると塩を塗り込まれるような心地だよ」
さて、と倫理が服を持って顔だけ振り返った。
「今度こそ本当にお邪魔するよ。長居するのもアレだしね」
「そう、……おやすみ倫理」
「おやすみ霧谷くん、いい悪夢を」
ひらひらと服の裾をたなびかせながら倫理が部屋から出ていった。
急に部屋がしんとする。涼しい風と、秋の虫と、月のあかりだけがそこに残っていた。