2022年3月26日 霧谷柊、桜

 見上げた桜が満開だった。
 そうだ、写真だ。写真を撮ろうと思って携帯のカメラを桜に向ける。カシャリと音がなって撮影された桜は、見ているものの方がずっと綺麗でカメラは難しいなと首をかしげる。
 三週間ほど前の三月一日、三年生が卒業していった。紫暮は最後までうるさかった。在校生たちに囲まれて、上着のボタンを全部あげちゃって、あけっぴろげになった格好のまま卒業証書をかかげた紫暮と巡くんと俺とで並んで藤本サンが写真をとった。
「家族写真だな!」
 とか言っていた。わけが分からない。
 その写真は藤本サンが現像したものとデータと両方くれたから、しかたがないからアルバムの中にしまってある。施設の庭で、敬ちゃんと、良くんと、三人で写った写真の横に中学の入学式でおじさんが撮ってくれた俺の写真があって、次は中学の卒業式、高校の入学式と並んで、紫暮の卒業式の写真。このアルバムに俺以外のだれかが載るのは施設の庭で撮った写真以来だった。
 なにかの記念の時にしか自分の写真を撮らないから、本当に飛び飛びになっている。それを見て、もっと写真を撮っておきたいなと思ったのだ。
 俺は結構、道端のねことか、そういうものも撮っているけど数はそんなに撮っていない。花とかは、あんまり撮っていないんじゃないかと思う。今桜を撮ったのは、なんか、卒業式のあけっぴろげになった紫暮の上着を思い出したから。
 よく晴れた青空を背負って、どこも留めることができなくなった上着を着た紫暮が嬉しそうに手を振って駆け寄ってきたのがなんとなく目に焼き付いている。なんか、春が人になったみたいだった。紫暮はとにかく明るいし、その日は特にそうだったからそう思ったのかもしれない。
 そういえば、お花見をしようという話が出ていたのを思い出す。満開になったから、もうじきするんじゃないかな。そのときにも写真を撮ろうかな。今度は人が写っている写真が撮りたい。巡くんとか、良くんとか、敬ちゃんとか、あと慎と、倫理と、光希と、できたら一緒に写りたい。
 もう一度桜にカメラを向ける。遠くからだと桜がちゃんと映らないから、今度はズームを使って撮る。……うん、まぁまぁ、いいんじゃないかな。
 まぁまぁの写真が撮れたので満足して携帯をおろす。印刷は、べつにしなくてもいい。でも、撮った写真を誰かに送りたくてメッセージアプリを立ち上げて巡くんと紫暮のグループに写真を送った。
『桜、さいてた』
 しばらくすると
『素晴らしい桜だな! 天気もよさそうで何よりだ』
『ほう、もう満開だったのか。花見に適している頃合いだな』
『お花見、いつぐらいかな』
『ふむ、確か来週の土曜日ではなかったか?』
『一週間後か、花が持つといいがな』
『ここからしばらくは天候があまり良くない日もあるらしい』
『じゃあ、明日とかにすればよかったね』
『花の盛りに合わせた方がいいだろう。指揮官くんや正義あたりに確認してみよう』
『分かった』
 俺もOKの字をかかげたバケッシュのスタンプを送る。このスタンプは開発室の人が作ったスタンプで、神ヶ原さんとか指揮官さんから俺たちに流行りはじめたものだ。けっこう使い勝手がよくて使っている。
 お花見は花がちらない内にやった方がいい。明日にやるとしたら、準備は明日するしかないかな。三年生が卒業しちゃったから、結構みんな楽しみにしている。俺も楽しみだ。
 風がざあっと吹いて花びらが宙に浮いた。ひらひら、ひらひらと浮いている。もう少ししたら二年生だ。もっと強くならないといけない。訓練も、もっとやらなくちゃ。どんな一年生が入ってくるんだろう。すこし不安だ。
 でも、大丈夫だと思う。よくわからないけど、一年間、ラ・クロワのヒーローとしてやってきたから。だから、大丈夫だと思う。
 とりあえずは、お花見。みんなでお花見がしたい。はやく予定が決まればいいなと思いながら、俺は桜並木をあとにした。