一世紀前のことを学ぼう、という趣旨に興味を惹かれ研究室のドアを開けると、そこには既に頼城がいた。古風な書生の出立ちをしている頼城は楽しげにこちらを振り返って手招きする。
「やあ巡。お前も着るといい。なかなか着心地がいいぞ」
「わーいらっしゃい! ちょうど今頼城くんの仕立てが終わったところだよ。これから戦闘服登録するからね」
「いつも疑問に思っていたんだが戦闘服を毎回変える必要があるのか……?」
ウキウキと楽しそうに動き回る神ヶ原さんに問いかけてみると、「かっこいいヒーローはかっこよくなくっちゃだよねー!」という返答が返ってきた。訳が分からない。
「まぁそこは浪漫というやつなのだろうさ」
「浪漫ねえ……」
そこは本当に分かりかねる。ただ敵を屠ることにかっこよさなどの浪漫を求める感性が俺にはないらしい。
「しかし実際着てみるとどうだ、百年前の学生の気持ちになれたかのような心地だぞ」
「ああ、そうだ今日の趣旨だったな。隕石が落ちる前の市井について学ぼうということだったが」
今から百年前、隕石が落ちてきて世界にはイーターが出現した。それに対抗するように血性を持った子供たちが生まれるようになった。子供たちは武器を手にし、戦い続けて今に至っている。
「百年前はちょうど戦争があった頃だな。学生でも戦いに出ることがあったらしいから、今の俺たちとそう立場は変わらない」
「まぁリンクユニットがない分、身体能力の向上や再生力なんかには期待できないだろうがな」
「そうだな。無理でもしようものなら即座に死あるのみというところだろう」
頼城が庭に視線を向けた。紫陽花が咲いていて、ぽつぽつと降っている雨に打たれている。空はここ数日厚い雲に覆われている。雨が降ったり降らなかったり、ぐずついた天気だ。
「人間同士で争うのではなく地球外生命体を敵と認識して戦うようになってから変わったこともあるだろう。ただ人間が心変わりをしたのではない。人間は何も変わっていない。四季も咲く花もなにも変わってはいない」
「ずっと争い続けている点は変わらないということか?」
頼城がからんころんと窓の側に寄る。窓の外を眺めていたかと思えば急に振り返り、バッと両手を広げた。
「だが世界は良い方向に進んでいる。これは確かだ。人類はリンクユニットを作り出し、死傷者の減少に繋がった。我が社はミュータント化技術を作り出し、生まれながらの血性に頼らずとも希望者のみが戦いの場に出られる仕組みを作り出した。百年前と今は確実に違う。これからも人類は歩みを止めはしない。もっともっと良い方向に向かっていける」
「……そうだな」
百年前にはなかったものを、人類は、俺たちは確かに生み出している。これは前進していると言っていいのだろう。多分。少しずつだが確実に未来は変わっている。きっと良い方向に。
「はぁーいお待たせー斎樹くんの書生服持ってきたよ! サイズ合うかなぁ試しに着てみて!」
「俺の分もあるのか?!」
「ぜひ着るといい! 楽しいぞ!」
結局百年前の書生や軍服なんかを集まったヒーローが銘々着せられ、イーター警報が鳴り響いたときにはちょっとした大正浪漫コスプレ大会になっていた。
「これ、完全にコスプレだけど機能性はいいから文句言えないのが困るよねぇ……」
「まったくだな……」
困り顔をした警備隊の久森と並んで走る。今の俺たちの敵は、もうすぐそこだ。