2022年8月20日 ALIVE関係者、夜が明ける

『……状況終了、だ指揮官くん。お疲れさま』
 無線機でそのひとことが頼城くんから飛んできて全身の力が抜けた。
 今日の深夜から明け方にかけて複数の大型イーター出現が予想されたのが一週間ほど前。そこから対策を練りに練って今日に至る。幸い市民の方々は事前に避難して頂いていたので民間人の犠牲はゼロ。少々建物などに被害が出たと聞いているのでこれはあとでレポートにまとめて各区役所や保険屋さんに提出するとしよう。ヒーローたちも本当によくやってくれた。
「ありがとう頼城くん、現場の取りまとめ本当に助かったよ」
 横から同じく脱力しきった神ヶ原さんが頼城くんに無線を飛ばしている。
『いやなに、できることをしたまでさ。被害状況についても後ほどまとめてデータを送っておく』
「あああありがとう……なにからなにまで……」
 神ヶ原さんが泣きそうになりながらお礼を言っている横で自分も合掌しておく。本当にありがとう頼城くん。いつも詳細なデータをくれて本当に助かっています……。区役所とかにも連絡してくれてるよね本当にありがとう……。
「いやー終わりましたね指揮官さん」
「終わりましたね……長い夜でした……」
「いやほんとに。はー緊張しました……」
 ふたりしてぐったりと椅子に倒れ込んでいる。時計を見ると朝の四時半少し前。外も少しずつ明るくなってきている。夜明けだ。
「……夜が明けますねぇ」
 窓の外を見つめていると、神ヶ原さんがしみじみとそう言った。
「明けますねぇ……」
 自分もぼんやりとしながらそう返す。指揮官という職についてから何度かこういった戦闘後の夜明けというものには遭遇しているが、夜が明けるという状況となんとか街を守り切ったという感慨でいつにも増してしみじみと明るさに感じ入るものだった。
「なんか……飲みたくないですか……」
「えっ酒ですか?」
「違いますよ!? なんか……なんだろう、コーヒーとか……」
 神ヶ原さんが悩みながら出した答えに、自分も分かりますと相槌を打つ。なにかこう、祝杯ではないが、切りをつけるためになにかを口にしたい。そんな気分にさせる夜明けだ。
「コーヒー自販機で買ってきましょうか」
「いいですね、自分も行きます」
 のそのそとふたりして財布を手に取り近場の自販機へ向かう。先程まで張り詰めていた対策室周辺の空気は一変して弛緩していて、みんなお疲れさま……とそっと心の中でねぎらう。みんな緊張の中にあったのだ。ここからまた資料の作成なんかで忙しくなるから、今だけは少し大人たちもゆるんでいい。そう思う。
 いつもの缶コーヒーを買って簡易的なソファーに並んで座ってグイッと中身をあおる。冷たい缶コーヒーのほのかな微糖が舌をころがって喉に流れこむ。はー、と息をつく音が両者から響いてしみじみと作戦が成功した実感が湧いてくる。
「イーターが滞空したときはどうしようかと思いましたよ……」
「あれ本当に困りますよね。滞空対策武器作ろうかな……」
「いやでもそうすると限定的すぎません? 過去もそれで流れたような」
「そうなんですけどそこをなんとかできないかなぁと思って。ヒーローたちの技量に任せっきりなのもどうなんだろうと改めて思いました」
「それは確かにそう」
 そこから今回の反省会が始まり、あれやこれやと今後の改善点を話し合う。対策室からでもできる支援はあるはずなのだ。そこをこうして突き詰めていくのはひとつのやりがいだと思っている。
「あーいた室長、今回の対象データまとまりましたよ」
 所員の人が神ヶ原さんを見つけて手招きしている。
「ありがとー今行きます」
 じゃあまた、と別れてひとりになり、缶コーヒーの残りをあおる。一息ついたころ、携帯電話からアプリの新着通知がくる。頼城くんからだ。
『先程データを送信しておいた。確認を頼む』
 さすが仕事が早い。OK、と丸を作っているバケッシュのスタンプを送る。
 さてここからは大人たちが頑張る番だ。今回のヒーローたちの活躍ぶりと被害状況をまとめ、今回の個体の対策を振り返り、これから先に生かすための策を講じる。これが大人たちができる、最前線に立つヒーローたちにしてあげられる精一杯の応援なのだ。
 缶コーヒーの空き缶をゴミ箱に入れるとグイッとひとつ伸びをしてデスクに戻る。夜が明けて、朝になって、これから一日が始まる。これからが自分たちの戦いなのだ。頑張らねばならない。デスクに戻ると、いつかみんなで集合して撮った写真が目に入る。みんな良い顔をしている。そのみんなの顔を見ると、今日も一日頑張ろうと思える。いつだって原動力はヒーローたちなのだ。
「……よし、やるか!」
 気合を入れてパソコンのスリープを解除する。朝日が徐々に顔を覗かせてくる。今日一日、また頑張っていきましょう。ヒーローたちを支えるために。