俺を探す紫暮の声が廊下に響いている。人がいない空き教室のうしろの方に隠れるみたいに座ってやり過ごすのは、あんまり好きではないけれど。
でも今日は御鷹さんも頼れない。だって今日は、俺の誕生日だ。御鷹さんは優しいから匿ってくれるだろうけど、いつもみたいに完全にやり過ごすまで置いてはくれないだろう。
俺だって今日という日をずっと逃げ回ってやり過ごせるとは思っていない。でも、やっぱり紫暮がやろうとしている賑やかなパーティみたいなので祝われるのは、ちょっと苦手だし。
だから俺はこんなに寒い人のいない教室のうしろの方に隠れている。今日は春みたいな気温で外はあたたかいけど、部屋の中は結構寒い。これからどうしようかな、とぼんやり考えていると、いきなり教室の後ろのドアがガラリと開いた。びっくりしてドアの方を見ると、入ってきたのは倫理でびっくりして目を丸くしている。
「わお。こんなところにいたんだね霧谷くん」
「びっくりした。足音しなかったから……」
「ボクみたいな日陰ものは目をつけられないようにコソコソするのが身に染み付いているからね!」
ガラガラと後ろ手でドアを閉めた倫理はいかにも疲れましたという風に肩をすくめた。
「頼城サンすごいぜ。業者を何人も呼んで食堂をキラキラにしちゃってさぁ」
「う……やっぱり、そういう感じなんだ」
朝早くからやたらと車の出入りとか人の出入りがあると思っていた。もしかしてという予想はあったけど、まさか自分の誕生日にそこまでするとは普通思わないし、違うんじゃないかと思い込もうとしていた。でも、やっぱり紫暮は紫暮らしい。
「行かなくて正解だよ。確かに山みたいないちごのケーキはあるし、本の中でしか見たことない七面鳥の丸焼きなんかもあるけど、でもボクだったら身に余る光栄すぎて焼けこげて死んじゃうなぁ」
「……うん」
行きたくはない。それは変わらない。でも、行かなくて正解だと言われるとちょっと違うと思う自分もいる。自分の誕生日を祝おうとしてくれている。それは分かる。だから、うるさくてもキラキラでも、祝われないといけないような気がしてくる。
下を向いた俺を見て、倫理がよいしょっとと言いながら横に座った。
「ま、いいんじゃない? 霧谷くんは本日の主役だ。主役なんだからやりたいようにやったってバチは当たらないよ。脇役はそれにくっついていくだけだ」
「そう……かな」
「そうそう」
やりたいようにやったっていい。それを聞いて少しほっとした。このままやり過ごして逃げちゃおうか。そう思った。
でも、主役だったら自分をお祝いするパーティだって欠席して構わないんだろうか。用意されたごちそうも、ケーキも、キラキラ飾りつけられた会場も、全部置いて逃げちゃってもいいんだろうか。行きたくないからという理由で。
俺はだんだん冷めて固くなっていくごちそうと、クリームがパサパサになっていくケーキ、誰からも必要とされなくなるキラキラの飾りを想像した。
「……やっぱり、行こうかな」
耐えかねてそう口にすると、倫理はそう? と不思議そうにこちらを見た。
「無理しなくていいんだぜ? あれは頼城サンが勝手にやったことだし、霧谷くんが責任を取る必要なんてないんだからさ」
「無理は……してるし、紫暮のお祝いの仕方は好きじゃないし、逃げたいけど。でも、おめでとうって言ってくれてるのに逃げるのは、なんか違うと思うから」
のろのろと立ち上がってお尻のところを軽くはたく。行かないと。だって、俺は今日の主役だから。
「……倫理は? 行く?」
「まさか! あんなキラキラの会場でやる誕生日パーティなんかにボクみたいなのが参加したら辛気臭くてかなわないからね!」
倫理は座ったままヒラヒラと手を振った。
「そう……じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃーい。あ、霧谷くん」
歩き出した俺を倫理が声で引きとめる。なに? と振り返ると、倫理はまだ手を振っていた。
「誕生日おめでと」
「……ありがとう」
教室の前の方のドアを開けると、柊! どこだ柊! という大きな声が響いていた。うるさい。ドアを閉めてその声のする方に向かって歩く。誕生日を祝われるために。