まったく失礼しちゃうよね、と僕は思った。
誰も彼もが僕と顔を合わせるとすぐにお菓子を投げつけてくる。トリックオアトリート。イタズラの予防。先制攻撃。まるで僕がイタズラ小僧みたいじゃないか。ひどいなぁ僕だって一応TPOは弁えてるつもりだぜ? まぁだから今日お菓子をもらうのかもしれないけど。
パンパンに膨らんだ不格好なポケットを揺らしながら部屋に向かっていると、霧谷くんとばったり鉢合わせた。
「やあ、霧谷くん。今からハロウィン会場にでも行くのかな?」
「……人が多いし、いかない」
「そっか。じゃあ僕と同じだ」
「倫理も行かないの?」
霧谷くんは不思議そうに首をかしげた。
「そりゃそうさ。だってハロウィンパーティーなんて陽キャのすることだよ。僕みたいな日陰者はハロウィンらしくいつも通り過ごすか、くり抜かれて捨てられるだけのかぼちゃの中身をクソまずいプティングにして食べるのがお似合いさ」
「よく分からないけど、静かな方がいいのは分かる」
霧谷くんは不思議な理屈でうなずくと、ポケットに手をつっこんでゴソゴソと何かを探した。
「これあげる」
差し出されたのは昔からあるいちごミルク味の飴だった。
「トリックオアトリート?」
「トリックオアトリート」
「へぇ、飴玉ひとつで防げるイタズラなんて期待してたの?」
「ううん、持ってたやつでおいしいと思ったのだったから」
「あっそう」
僕はもらったそのいちごミルク味の飴の包装紙をぺりぺりと剥がすと、ぽいと口の中に放り込んだ。久々に食べたその飴は甘くて少しすっぱくてちょっとクリーミーな味がした。
「まぁ、悪くはないね」
「よかった」
僕はカロカロと口の中で飴を転がしながら考えた。
「……じゃあこれあげる」
僕はパンパンのポケットの中から、青緑色の包装紙で包まれたそれを何とか苦心して取り出した。
「ラムネ?」
「そう」
「スッとするからラムネは好き。ありがとう」
「どういたしまして〜」
判断は正しかったみたいだ。それに満足した僕は手を振りながらその場を離れることにした。
「あ、倫理、ハッピーハロウィン」
「ハッピーハロウィン?」
「いいハロウィンを、みたいな意味」
「ああ、うん、ハッピーハロウィン」
そうして霧谷くんが通り過ぎていって、口の中にはいちごミルクの飴が残った。
「……ハッピーて」
まぁでも、霧谷くんみたいな子が幸せであればいいなと思うのはほんとだし、人の幸せを願う真似事みたいなことをしても許されるんじゃないだろうか。今日はハロウィンだし。
黙っててもパンパンに膨れ上がったポケットから何とか鍵を取り出す。ぽろぽろといくつかこぼれてしまったお菓子を拾い上げて電気のついてない部屋に入れると扉を閉めた。