ちりり、ちりりと音がする。
ふと携帯から顔をあげると、霧谷くんが食堂の窓際で椅子に乗りながら風鈴をつけているところだった。
「ただでさえセミのどうにもならないうるささで参るのに、更にそこに音を重ねるつもり?」
「うるさい?」
「ただの音だよ、涼しくなんてなりやしない」
近づいて見ると風鈴の下についている短冊はどうやら子供の描いた絵のようだった。ああ、なるほど。
「ま、風流を楽しむ余裕のある人たちしかいないことだし? ボクごときの感想無視してくれて構わないけどね」
「俺も聞いて涼しくなるわけじゃないけど」
ガラスの風鈴は冷房の風を受けてちりりと短冊をゆらす。
「冷たそうじゃない? くらげみたいで」
「くらげねぇ」
まぁ、見た目だけ持ち上げられて中身は嫌われる哀れなくらげに免じて存在するぐらいは許してあげてもいいかな。そう言うと霧谷くんは「ん」と言って短冊を見上げた。
「ガラスのくらげもどうせ儚い命なんだろ? 八月の終わりには回収される。それまでせいぜい生き延びればいいさ」
「あ、そうか」
「なにさ」
「ううん、ガラス屋さんの風鈴、あれもうすぐなくなるんだと思って」
聞けばこの風鈴は未鳥区にあるガラス屋さんが仕入れたもので、店先にたくさんあったのだそうだ。
「うへえ、うるさそう」
「綺麗だよ。たくさんの風鈴」
ボクは想像する。店先にこれでもかと並んだ色とりどりのガラスの風鈴、風が吹いて短冊が踊りぢりりぢりりと大合唱するその前に霧谷くんが通りかかる。霧谷くんはそれを見て、ふらりと吸い込まれるように店内に入っていく。狭い店内には透明なガラスも色ガラスも所狭しとたくさんあって、霧谷くんの姿を反射している。奥から店主が出てきて、霧谷くんはその嘘みたいな目で見据えて、店先の風鈴のことを尋ねるんだ。軒先は白く焼かれて戸の影だけが濃く残る。
「ボクなんかが行く場所じゃないね」
「そう?」
「そうだよ」
ボクなんかは適当にぬるめの冷房しかかからないような部屋でダラダラとこの世の地獄を煮込んだような漫画を見て過ごすのがお似合いだ。ガラス屋さんなんて大事にされるべきものばかりが置かれているような店はごめんだった。
「じゃあ、これだけだね」
霧谷くんは風鈴の短冊をそっと指さきでつついた。ちりりとくらげは鳴いた。
「十分だよ」
実は防音がしっかりされているためにあんまり蝉の声がしないこの部屋にその頼りなさげな音は案外響く。
「今にも折れそうな音だ」
案外涼しくなるかもしれないねと言うと、霧谷くんはそうかもと笑った。
